もう何がなんだか訳が分からないうちに、このようなサイトを立ち上げてしまっていました。伊藤蘭さんを応援しなければならないという気持ちを、この時ばかりは、ついに抑えられなかったのです。何故そんな気持ちに?それは…ちょっと長い話になります。
※2004年9月当時の原文のまま掲載しています。
14,600日。人生の折り返し地点で思った。

40歳を過ぎたといえば、じゅうぶん大人です。人生のちょうど半分に到達した感じといえるでしょうか。日数にするとおよそ14,600日。長いと言えるのか、まだそんなもんかというべきなのか。で、これまでの14,600日に思いを巡らしてみたりすると、こんな感じだったかなぁと、割と簡単に一言でまとめたりできるんですよね。そして、これから残り半分もだいたいこんな感じぐらいかなと、およそドラム缶1個分ぐらい抱きかかえるかのようなポーズをとってみたりして。顔はヘラヘラと笑っているが、心中は穏やかではありません。「思ったより、短いんだな…」と冷や汗が出たりします。「私たちには時間が無いのよっ!」。頭の奥の方で誰かが叫んだ。

それは、突然の再会

人生の残り時間を意識したとたん、やり残したことや不義理を働いていることなどが気になりしょうがない。欲しかったバイクをちょっと無理して買ってみたり。十数年ぶりに恩師に手紙を書いてみたりと。もはや、いつ死んでも悔いが残らないよう準備でもしているかのような気分にさえなります。そして、再会の日は静かに訪れました。
いつもは映画を借りるだけのレンタルビデオ屋。たまたま覗いたCDコーナー。目的も無くただブラブラと。そして見つけた懐かしい顔が僕の視線を捉えて離しません。たった一枚だけ置いてあったキャンディーズのベストアルバム。ジャケットの中で、彼女たちの笑顔が輝いていたのです。解散直前に発売されていたLP版のジャケット写真をCDサイズにそのまま小さくしたそれは懐かしさと言うよりも、ついさっき撮り上げたばかりのようなみずみずしさに満ちあふれ、傷だらけのCDケースの中から僕に微笑みかけていました。。
1972年に結成され、歌手としての活動期間4年半をすごい勢いで駆け抜けていったキャンディーズは'78年の4月4日を最後に解散してしまいました。その日以来、僕の心の中にはぽっかりと穴があいています。その穴、最初のころは気になっていましたが、徐々に上手く付き合っていたように思います。いや、あの日再び彼女たちに出会わなければ心の穴のことなんて思い出すこともなかったのでしょう。
早速CDを聴き、そして考えた。思わず唸った。彼女たちが解散した頃は、21世紀には自動車は空を飛び。リニアモーターカーが日本を小さくしているだろう。そして音楽の価値観も変わり、今聞いているものはすべて陳腐化していくのだろうな、と誰もが思っていました。

2004年の秋。いまだに自動車は地面を窮屈そうに走り、リニアモーターカーは実験施設の外にさえ出ていない。スピーカーからはキュートでポップでキャッチーな楽曲がキラキラと弾け出し、心にあいた穴を照らし出している。
「デジタル信号に変換しているから劣化することなくいつまでも新鮮でクリアーな音を約束します」CDの性能がそう思わせたのではない。僕にはキャンディーズが必要だったのです。僕の心の穴は彼女たちでしか埋められない。やっと、そのことに気づきました。

同調。それは渇望から起こる。

最近キャンディーズ再評価の動きが活発です。もちろん、現役時代から楽曲のレベルの高さに関して、玄人的な視点から語られており、ファンの楽曲に対する認識レベルの高さが他のアイドルグループとは一線を画すポイントでもありました。作曲では森田公一、穂口雄右、吉田拓郎らが名を連ね、バックを支えた渡辺茂樹MMPに加え、新田一郎ホーンスペクトラム。これらの強烈なパフォーマー達が作り出したサウンドは現在でも類を見ない次元の高さを示していました。
解散から26年を経て、この数ヶ月。コンビニの販促展開にキャンディーズが使用されています。そして本棚にはキャンディーズ出演のCM動画を収録しているDVD付き雑誌が入っています。また、キャンディーズの歌った音源すべてを収録したと謳うプレミアムCDボックスが発売されたし、この冬には伝説の「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」がDVD3枚組で発売を控えています。
キャンディーズを望む声は色んなところで上がっていたんですね。それは、きっとたくさんの人が、キャンディーズに代わるモノなど無かったんだと気が付いたのでしょう。単なるアイドルを大きく越えた、規格外の才能と魅力は今なお輝きを失ってはいなかったのです。

甘くて、そして切ない思い出。

1977年。人気も安定し、スターアイドルグループとして十分なポジションをキープしていた時期、突然の解散宣言。彼女たちはアイドルである以前に、尊重されるべき人間であることを訴えました。私生活でさえ商品になってしまう「アイドル」の生活が彼女たちを苦しめていたのです。
言い替えれば僕たちの素晴らしいキャンディーズの思い出は彼女たちの苦悩と引き替えに成り立っていたことは、今では理解できます。
「もう、これ以上は一日たりともキャンディーズであり続けることはできないんだ」彼女たちは、現実の厳しくて大きな壁に苦しんでいたんですね。
肥大化する一方のファン組織。日々、過激になるばかりのプライバシーへの蹂躙。
それは、あまりにも僕たちの思いが強すぎたからです。あの頃、彼女たちの苦しみも知らないで、ただ夢中で彼女達を傷つけていたからです。
しかし、この解散宣言が皮肉にも潜在的ファン層の掘り起こしに作用し、一気にキャンディーズファンを増やしたのは事実です。いえ、もっと言ってしまえば、キャンディーズと決別することが社会現象にまで発展していたのです。「私からもキャンディーズにお別れを言わせてください」彼女たちのことろくに知りもしない人たちが口々にそう言っていました。
こんな状況が、後に彼女たちが重く大きな現実として直面する問題に発展してゆきます。
それにしても、あの当時の激しすぎるほどの流れは、熱烈なファンを自認している者でさえ臆するほどの潮流となって、一人歩きを始めていたようにも思えます。
まさに、時代のスケープゴートとして、生け贄として、キャンディーズは祭壇に連れ出されたようにさえ思います。
彼女たちを思うとき、決して甘いだけの思い出に浸れるわけではありません。かつてのファン達が一様に抱いている気持ちではないでしょうか。

1,676日。奇跡が起きた。

この解散宣言が巻き起こした反響を受け、彼女たちを育てた「大人達」は、キャンディーズという作品が、まだ誰も見たこともない巨大な規模で完成しようとしていることに気が付きました。そしてファンである僕たちも「キャンディーズの活動期間1,676日が完結し、完成する」場面を彼女たちとの別れの舞台にしようと心に決めていたのです。後楽園球場での解散コンサートは、それまでの音楽史を塗り替えるのにふさわしい内容であり、以降あまたの歌手、アーティストが挑戦するも、越えることのできない大きな史実となっています。しかし、注目すべきはこのたった1日行われたコンサートではなく、解散が宣言されてから最後の日を迎える6ヶ月間。巨大な作品キャンディーズを完成させるために彼女たちも、スタッフも、ファンも、そして日本中が一方向に向かって激しく動いたことでしょう。もちろん興行的な戦略がそこに存在したことはみんな知っています。しかし、ファンの一人一人がこのプロジェクトに参加しているのだ、という一体感はそれよりもさらに大きな存在感を持っていました。これこそが、奇跡と呼ばれているのです。
そして、この奇跡の結末には「これから先、彼女たちを追い求めてはならない」と言う約束があったのです。
この約束は、奇跡の日の翌日から徐々に絶望感と空虚感へと変わり、ついには何年もかけて心に大きな穴をあけてしまっていたのです。
彼女たちは消えてしまいました。僕らに1,676日だけの思い出を残して。

大騒ぎは終わった。現実に向かうんだ。

彼女たちは、確かに僕らよりもいつもお姉さんでした。僕らはいつまで経っても年下の男の子でした。実年齢がどうであろうと。
誰よりも早く、現実に打ちのめされ、そして戦いを挑んだのは彼女たちだったのです。僕らはそんな苦悩の姿さえ理解できない幼い者でしかなかったのです。
解散から何年も経ってしまうと、あんなに好きだったランちゃんのこともしばらく忘れていました。いや、決して忘れちゃいませんが、「好きだっ!」という気持ちを表現する場がだんだんと無くなっていたのです。
ですから1980年に女優として復帰してくれた時はとても嬉しかった。色んな事を言う者もいましたが、僕にとってはどうでもいいことです。スーちゃんが好きだったあいつと、ミキちゃんファンだったあいつには申し訳ないけど、僕のランちゃんは帰ってきた。
きっと、みごろ!たべごろ!…で培ったセンスの良い「間」を活かした演技をしてくれるのだろうと思っていたのです。しかしテレビの中のランちゃんは、映画館で働く娘を一生懸命演じていました。不器用なくらい一途に。その表情は硬くて、まるでキャンディーズのランちゃんであったことを隠し通そうとしているかのように見えました。
そんな姿は僕に「もう、キャンディーズは何処にも居ないんだ。そろそろ現実に目を向けなさい」と言っているようにさえ見えました。

9,500日。現実と戦い、罪が生まれた。

キャンディーズが消えてから、もう随分と長い時間が経ちました。今のランちゃんのことを僕はどのくらい知っているんでしょうか。 昔なら飼っているペットの名前でさえ知っていたのに。 ランちゃんとスーちゃんはそれぞれ女優の道を歩み、伊藤蘭と田中好子となり現在も活動しています。かつて3人の中で歌のセンスは抜群と言われていた、ミキちゃんも歌手、藤村美樹として一度は戻ってくれました。しかし、キャンディーズの時のように熱くなれる場が見つからない。応援をしてもそれが届いている実感がない。ランちゃんが女優として復帰した当初、ファンクラブがあることは聞いていました。でも入らなかった。舞台で「リボンの騎士」をやることも聞きました。しかし行けなかった。僕はそのころすでに目の前の現実と戦いを始めていたんです。
だけど、いつでも3人のことは気になっていましたよ。そう、だって熱烈なるファンですから、気にしていた、はずだったのです…。6回職場が変わり、7回引っ越した。その間に病気もした、ケガもした。バイクを5台乗り継いで、女の子とは4回別れた。数え切れないほど徹夜で仕事をして、数え切れないぐらいビールを飲んだ。娘が生まれ、犬を飼い、また娘が生まれた。
気が付けばあの日から26年。9,500日が過ぎていました。彼女たちがくれた1,676日への思いは書ききれないほどあるのに。9,500日の間の彼女たちへの思いはどのくらいあると言うんでしょう。
たしかに、現実と戦いつづけた結果、家族と収入は増えました。ちょっとした買い物なら少しは、できるようになりました。でもローンだってたくさん抱えてるし、腹も出た。そんなプラスのこととマイナスのことを考えていると、なんだかやっと最近、わずかながら気持ちに余裕ができたように思えたんです。今までは一生懸命すぎて、なんだか前のめりの姿勢で「転びそうだから、走り続ける」そんな毎日だったように思えました。
そろそろ、顔を上げて周りを見回して見ようかなと思いました。
自分のことを客観的に見られるのでは、と思えました。

そこは2004年の秋。
僕は、僕が思っているほど若々しくもなかったし、どちらかと言えば、みっともないおじさんが、人生の折り返し地点に呆然とただ、つっ立っているだけにしか見えませんでした。

そして、自分が罪を生み出していたことを理解しました。
「やはり、僕は大切な思い出をくれた人を大切に思っていなかった」


裏切りの大きさは20文字。

TVドラマで伊藤蘭さんを見たときのことです。
「このひと昔は歌手ですごく人気があったんだ」なんて、わざわざ10歳の娘に聞こえるように口に出して言ったりしました。自分でも驚くほど、冷ややかに。
「さあ、若かったあの頃をいま冷静になって20文字で表現してください!」と誰かに言われたかのように。ビール腹をなでながら。
心から愛したキャンディーズ。伊藤蘭、田中好子、藤村美樹はそれぞれ、再び僕たちの前に現れてくれていました。「あんなに大騒ぎをして、あんなに派手に芸能界から去ったくせに」そんな言葉に傷つきながらも。あの解散宣言の当時、「急ごしらえの笑顔と声援」で彼女たちを取り巻いていた人たちが、言う言葉は概ねそんな感じでした。大変な決断の結果、復帰をした彼女たちにヒステリックな反応をしていたのは、このような「にわかファン」だけで、本当のキャンディーズファン達は好意的に受け止めていたと思います。僕は単純に再びランちゃんに会えることを17歳の少年の気持ちで喜んでいました

しかし、伊藤蘭、田中好子、藤村美樹を傷つける者たちがいることを知っていたのに、彼らと戦うこともせず、ただ自分のことで精一杯だと言い訳をしながら、今日まで生きてきたように思います。
それは裏切りだ!と言われても仕方ないことです。認めます、僕は彼女たちを裏切った。僕は伊藤蘭を裏切った。一人で罪の意識にさいなまれ、冷や汗をかいていると「アイドルとファンの関係なのだから、そんなに自分を責めなくてもいいだろ。もっと言えば何様のつもりだ?お前にどんな戦いができるのだ!熱い気持ちを持ち続けていれば、状況が変わっていたとでもいうのか?うぬぼれるな」ごもっともなことです。
しかし、この世で僕のことを最も糾弾しているのは、僕自身なのです。あの別れの日に僕は自身に誓ったのです。いつまでも伊藤蘭を愛そう。いや、伊藤蘭が存在したことを愛し続けようと。僕の目の前から今、姿を消そうとしている彼女がこの先も心のままに生き、幸せになることを願っていこうと。その誓いの大きさは僕だけが知っているし、裏切りの罪の大きさは僕だけが知っているのです。

ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃん。
あんなにステキな思い出を、たくさんくれたのに。前と同じ気持ちでいたかったのに。
僕は何のお返しもできていなかった。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
もう、以前のように大きな声は出ないですけど。あなたたちの幸せを心から、祈っています。



もう何がなんだか訳が分からないうちに立ち上げてしまったこのサイト。伊藤蘭さんを応援しなければならないという気持ちは抑える事はできません。もう絶対に。




 
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