11月の素晴らしく、晴れた日。私は翌日からの出張を前に、朝から、こまごまとしたものを買いそろえていました。大方の買い物が済んだところで、ちょうど良いジャンパーがないことに気が付きました。家からはそう遠くない場所に「ユニ○ロ」があるので、自転車で出掛けようとしていたのですが、これから2週間近くオートバイに乗れないのかと思い、V11を引っ張り出したのです。この日は道も空いており、しばしの別れを惜しむにはちょうど良いと思いました。

目的の店は広い駐車スペースを真ん中として3方をファーストフード、ステーキ屋、そして「ユニ○ロ」でコの字型に囲んだ形になっています。休みの日ともなれば、駐車場は一杯です。しかし、この日は5〜6台の車が止まっているだけで、ガランとしていたのです。ファミレスなどでは、オートバイは駐輪場へ停めることが多いのですが、なぜだかこの時、たまには車一台分のスペースにユッタリ停めてやろうと思ったのです。さらに、いつもなら駐車時には必ずハンドルロックをし、ディスクロックと振動を感知するとアラームが鳴り出すシステムをリモコンでONにしてオートバイから離れるのですが、この時は、ハンドルロックのみで、店に入ったのです。恐らく「すぐに戻るから」と意識の何処かで思っていたのでしょう。
欲しいものはすぐに見つかりました。さらに何か買うべきものがないか店内をブラブラしていたのですが、とりあえずは無さそうだったのでレジで支払いを済まし、店を出たのです。

オートバイから離れ、そして店を出るまで約30分。

見渡す私の目はV11を捉えることが出来ません。規則的に描かれている白線のせいで、幻惑しているのかとも思いましたが、私はたしかにV11を停めたはずの場所に立っています。一瞬ヒンヤリとした汗が、背中のあたりを流れるのを感じました。11月、いくら天気の良い日でも気温は決して高くありません。むしろ、穏やかに吹く風の中にはもうすぐやってくる冬の匂いさえ感じました。それでも、私の呼吸は自然と荒くなり、皮膚の毛穴が徐々に開いていきます。私の脳の中では、状況を理解することが出来ずに、ただドーパミンを分泌することが精一杯のようです。結果、体温の上昇と共に全身の血流量が爆発的に増え、汗を流すのです。気が付くと、私は周りの状況を少しでも得ようとして、その場で3回転も回っていました。
※写真はイメージで、本分とは関係ありません。
悪い事って突然やってきます。
V11は何者かに持ち去られたのです。私は駆け出しました。
もしかしたら、犯人はまだ近くにいるかもしれない。何らかの方法でハンドルロックを解除し、押して歩いているのでは?
しかし、見つかりません。ファーストフードの店員にも聞きました。黒い大きなオートバイを押して歩いていく者を見なかったか。

その先のガソリンスタンドにも飛び込みました。たった今オートバイを盗まれた、怪しい奴を、あるいはオートバイを積んだ車を見ませんでしたか?「防犯カメラに写っているかもしれないから少し待ってて!」親切にもそのVTRを見せてくれました。そこには少し高いところから、スタンド全体が見渡せるようになっており、通りを行く車列までもが映し出されていました。早送りにして、給油に入りそして出ていく何台もの車、その中にはオートバイを積み込めそうなトラックや、バン、ワンボックスなどが数台いました。通りを行く車にも目を凝らしますが、手がかりは何一つありません。礼を述べスタンドをあとにしました。

現場に戻り、駐車場を取り囲む3つの店に防犯カメラの有無を確かめました。しかし、いずれも駐車場を捉えているカメラはなく、やはり、手がかりは得られません。なす術を失い、あとは、警察に電話をすることしかできませんでした。

もうすでに日は落ち、駐車場も水銀灯に照らされています。程なく警察官がやってきて「私は若い頃白バイに乗務していました。お気持ちは良く分かります」書類を書きつつ「最近のオートバイ盗難は、組織化していて、持ち去ったあとに分解し、部品として国外へ送ります。そして、現地で組み立て直し、売りさばくらしいのです」と教えてくれました。おそらくは退官も間近だろう、親切な警察官と別れ、私は歩いて家に戻りました。もちろん暗がりの向こうに、見慣れたV11の姿を探しながら。

V11とのオートバイライフは本当に充実した毎日でした。女房も後ろに乗ることが楽しみになっていましたし、子供達も、洗車を手伝うのが楽しいようでした。もはや、V11は大切な家族の一員となっていたのです。しかし、V11は別れも告げずに忽然と姿を消したのです。

出張先では、忙しいこともあって気が紛れていたのですが、帰国し家に近づくにつれ、絶望感がリアルさを増していきます。
そして、ガランとしたガレージが、私を打ちのめしました。

V11が盗まれたことをネットで知り合えたGUZZI仲間に伝えると、本当に沢山の方から励ましをいただきました。そして、日本全国のGUZZIを扱うショップにも「不振車両を見かけたらお知らせください」とご連絡したところ、やはりたくさんの励ましのメールを頂戴しました。見ず知らずの私なのに、恐らくこれから先お会いする機会もないかもしれない私なのに、本当に親身になって、犯人を憎み、勇気づけていただけました。この時に頂戴したメールは私の「宝物」として、いつまでも残していきたいと思っています。
この場を借りて、皆さんにお礼を言わせてください。

本当に、ありがとうございました。

GUZZIはメジャーなオートバイとは言えませんが、だからこそ仲間としての意識が強く絆をつないでいるんだと感じました。
そして、私は強く思いました「もしも、この次があるのなら、その時もやはりGUZZIに乗ろう」と。
意外なことに女房ですらGUZZIを懐かしみ、そしていつかまた乗りたいというのです。本当に私は幸せ者です。経済的な困難もありますが、このまま引き下がっていては、盗んだ者に負けてしまうことになります。
また、オートバイを探し求める日々が始まりました。しかし、今度は迷いはありません。大柄だけど、野暮ったいところもあるけれど、生き物のような佇まいと味わい深いエンジンを持つMOTO GUZZI。
これこそが、私の求めるオートバイなのです。(だけどやっぱり新車は無理です)


CopyRight 2005 Ran Laboratory All Right Reserved
最後のオートバイ。

イタリアの種牛。

いぢれるところ、無いじゃん。

悲劇は、突然に。

モウ、種牛って呼びません。

春一番。