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| この物語は、フィクションであり、実在の人物とは一切関わりが、ないことを祈ります。 |
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第一話
2004年も押し迫ったある日、それは私の元にやってきた。
美しいガンメタリックにペイントされ、シックな印象さえ与える。
細部に目をやると、このV11 SCURAはいたるところに熟成への手が入っている。
排気系にはパワー効率の良さそうなカーボンサイレンサーが選ばれ、
巨大なマフラーエンドから吐き出されるその咆哮は、聞いたことはないが、もはやノーマルのそれではない。と思う。
太く低く地鳴りを伴い、パワー&トルクの増大を若干迷惑なぐらい「向こう三軒両隣」にまでアピールしている。
パワーテスターに掛けるまでもなく、ご近所の目が一段と鋭さを増していることからも、それは伺えよう。
走り出せば、このマシンが血に飢えた野獣であることに気が付く。
あまりに素早くつながる乾式単板クラッチは、ビックリした拍子に舌を噛んでしまい、口の中にほんのり血の味がしてくることが何よりその証拠である。
コイツと付き合っていくためには、口をしっかりと閉じ、舌を引っ込めておく必要があるようだ。
さらに特筆すべきは、エンジンフィーリング。低回転から高回転までよどみなく回り、アクセルを開ければ、
心地よい鼓動感を伴いながら、どこまでも昇り詰めようとする。
「カムに乗るとはこういうことなのか!」。感激した私は、ひざの前に突き出たカバーを撫でようとした、
が、「カムはここじゃない!」と気がつき、すでに伸ばしつつあった手で、しょうがなく自分の頭を撫でた。
それにしても、何という心地よさだろう。もちろん私の頭ではなく、魅惑的なエンジンフィーリング。
普段はおとなしい小市民で、若い女性からは、たばこの煙を吐き出しながら「いい人ぽいよねぇ〜」と言われる、人畜無害なSDカード所有者でさえ、
危険な窒素化合酸化物の香りの中で「ハイ50キロオーバーね〜。12点減点、即免停、罰金9万円なり〜」の世界へと誘ってしまう。
もしも、そんなことになれば、たばこの煙を吐き出しながら「いい人ぽいよねぇ〜」と言ってくれる若い女性の居るお店には、当分行けそうにない。
私はヘルメットの中でつぶやいた、「そんなことになったら、これまでの苦労が水の泡ぢゃないか」
つづく(のか?)

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第二話
V11 SCURAは私の抱える不安などお構いなしに、弾けるような排気音を響かせながら走り続ける。
「コレは、どういうこと?」私の脳裏に、女の声が蘇る。
それを振り払うかのように、目の前の車の動きに意識を集中した。
東京に暖かい風が吹いたこの日。
注がれる視線には応えず、私は黙ったままスターターボタンを押す。
2回転ほどのクランキングで、OHV2気筒は突然といえるほど何のためらいもなく、安定したハイビートを刻み始めた。
洗車を終えたばかりの車体からは水玉がほとばしり、太陽光を受けキラキラと輝く。
コンピュータによって制御された律動はあたかも、暗く静まりかえったステージに、突然のドラムロールが響き渡る様子を思わせる。
冷静すぎず、ことさら情熱的ではないが、嫌がうえでもボルテージが上がっていく律動だ。
そして、眩いスポットライトの光の輪が、右に左に揺れ動き、今日の主役を浮かび上がらせる。
だが、そこには、志村けんも加藤茶もいなかった。
ただ、彼女が、腰に手を当て仁王立ちしているだけだ。
エンジン始動の一連の儀式を黙って見ていたのだ。
ファストアイドルレバーを徐々に戻し、緊張感を伴うハイビートから、心地よいロービートでアイドリングを始めたところで、
彼女が言う。「前のより、音がキチンとしてる。それにコレもちゃんと、くっ付いてる」と、インジェクションユニットを指さす。
出先でのトラブルを一生忘れないのが女の習性だが、それでも安定したアイドリングは、彼女にも根拠のない安心感を与えたようだ。
しかし、このSCURAでもすでに一度、バックファイアによってユニットが外れちゃったことは言わずにおいた。
暖かい春風がゆったりと流れ、彼女の髪を揺らす。何か言おうとした彼女の鼻先に髪が触れた。
「神保町まで乗せてけ」鼻をボリボリ掻きながら、彼女が言う。
断れる訳がない。何と言っても、わが家の、影の世帯主だ。
オートバイに対する印象を少しでも良くしておかねばならない。
私は無言で、ヘラヘラと媚びるような笑みを浮かべながら、シートカウルを留めているポジポリーニを外しにかかった。
私と彼女とSCURAは靖国通りを、風速8メートル/秒をわずかに越えているであろう南寄りの風と同じ速度で走った。
「もうすぐは〜るですね〜、カエルを誘ってみませんか〜」
タンデムシートからは、鼻歌が聞こえる。今日は機嫌がいいようだ。
私は平凡であるが、この愛すべき冬の終わりの空気をOHVの1,064CCと共に大きく吸い込んだ。
が、突然何かが突き上げた。
現在、東京の道路はいたる所で大規模な工事が行われている。オートバイにとってきわめて深刻な路面状況なのだ。
いや、そんな状況にあってもSCURAに装備されている、スウェーデン製の足回りはしなやかに、そしてシッカリと路面を捉えていた。
分厚い私の尻では微妙なインフォメーションが伝わらず「猫に小判、豚にオーリンズ」状態であることは認めよう。
しかし、この突き上げ感は何だ!しかも今は信号待ちで停車中だぞ!
オーリンズが如何に優れたビギニング特性を誇り、よく動くサスペンションであっても、
タンデムシートからの突き上げるような左ボディブローには、なす術はない。
低く呻く私に、「コレは、どういうこと?」
言い終わるよりも早く、右アッパーが小さな紙片と共に、私のコンペシールドの中に飛び込んできた。
迂闊だった。他のはすぐに捨てた。が、特別なメッセージが書き込まれたこの一枚は、尻のポケットに入れたままであった。
タンデムシートでの手持ち無沙汰に、愛用のリーバイス、ごく普通に買えるごく普通のリーバイスの尻ポケットに置き忘れた小さな秘密に気づいたのだ。
左右の連打を浴びたうえ、一面ピンクのバラがデザインされた、名刺の角を鼻に突っ込まれたまま、
かすかに残る視野の中で青い信号を見て取り、ギアをローに送り込んだ。
私は、心の中でつぶやいた、角が丸くて良かった。そうぢゃなければ、よもや鼻血…
「コレは、どういうこと!」語気がさらに強まり、鼻の穴をぐりぐりぐりぐりぐりぐりされる。
私は黙ったまま、クラッチレバーを静かにリリースした。
SCURAは知らんぷりして、春の空気をはみ続けている。
春一番。本来は漁師の命を奪うほどの南寄りの強い風が、こう呼ばれている。
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